定温輸送のパイオニア・福岡運輸が挑む、DXによる物流イノベーションの現場

定温輸送のパイオニア・福岡運輸が挑む、DXによる物流イノベーションの現場
文:相澤 良晃、写真:𠮷田 号

福岡運輸は、1958年に日本で初めて冷凍輸送車を本格導入した「定温輸送」のパイオニア。国内グループ拠点93カ所、協力会社300社と提携し、コールドチェーンの全国ネットワークを確立しています。同社はここ数年、自社の物流情報プラットフォーム「TUNAGU」の構築やAI導入などのDX改革を急速に推し進め、経済産業省のDXセレクション2024「優良事例企業」にも認定されました。同社でDX推進プロジェクトをリードしてきたのが、業務推進部 次長 兼 システム課長の生津瑠美氏です。今回は生津氏にスピード感あるDX推進の秘訣や、変革にあたって困難をどう乗り越えてきたかなどについて、また大阪支店業務係長の平田圭亮氏には現場視点でのお話を伺いました。

生津 瑠美氏

2000年入社。配車部、営業部を経て、2003年から業務推進部で研修、監査、新規拠点立ち上げといった幅広い業務を経験。2014年から業務推進部 システム課に所属し、現在は業務推進部 次長 兼 システム課長として新システム開発や既存システムの保守メンテナンスなど、部署全体のプロジェクトを統括する。DX推進プロジェクト「T-プロジェクト」のワーキンググループをサポートするなど、DX関連業務に多く携わる。

平田 圭亮氏

2008年入社。現在は大阪支店業務係長として、顧客の荷物を保管する倉庫業務や配車業務などを統括する。

AI記事要約 by ConnectAI

※ConnectAIは、パナソニック コネクトが社内で活用している生成AIサービスです。
  1. DX推進の目的と手段
    福岡運輸は人手不足や長時間労働の課題を解決するため、デジタル技術を活用した業務改革を急務とし、物流情報プラットフォーム「TUNAGU」を構想。現場の困りごとを起点に、ワーキンググループ形式でDXを推進している。

  2. 「スマート物流」の実現
    データとデジタル技術を活用し、物流の全体最適化を目指す「スマート物流」を推進。業務プロセスの可視化と効率化を図るため、AIや新システムを導入している。

  3. 社員の意識改革と今後の展望
    DX推進を通じて社員の「自分ごと化」を促進し、業務改善の提案が日常化する環境を整える。協力会社とのデジタル化も進め、物流業界全体の最適化を目指す。

めざすのは物流の全体最適化「スマート物流」

近年、さまざまなメディアで「中堅・中小企業のDX成功事例」として福岡運輸が取り上げられています。福岡運輸がDXに取り組んだ経緯はどのようなものだったのでしょうか。

生津:以前から物流業界は「人手不足」や「長時間労働」など多くの課題を抱えており、当社もその例に漏れず、将来の事業継続に強い危機感を抱いていました。さらに近年は小口配送の増加にともない、当社の拠点数はここ数年で飛躍的に増加しています。配送件数や拠点数が増えると、それだけ配車・配送計画やオペレーションが複雑になるため、積み忘れなどのヒューマンエラーも発生しやすい状況になっていました。加えて、働き方改革による時間外労働の上限規制適用、いわゆる「2024年問題」も目前に迫っており、持続可能な物流をお客さまに提供するためには、データとデジタル技術を活用した業務プロセス改革が急務だと感じていました。

こうした状況下で、当社では物流情報プラットフォーム「TUNAGU(ツナグ)」を構想しました。この構想が2021年の「福岡市DX促進モデル事業」に採択されたことで全社的プロジェクトとしてDXに取り組み始めることになりました。

福岡運輸 大阪茨木配送センター(大阪府)
福岡運輸 大阪茨木配送センター(大阪府)

「TUNAGU」とは、どのようなものなのでしょうか。

生津:あらゆる物流情報を可視化し、企業・職種・業務の垣根を越えてシェアするためのプラットフォームです。

「TUNAGU」概要

生津:物流輸送の仕事には、大きく受注→配車→輸配送→請求というプロセスがあり、荷主や外部委託先、トラックドライバーなどと連携を取りながら進めていきます。当時はその各プロセスで、電話やFAXなどによる情報のやり取りが主流でした。たとえば、お客さまからの配送依頼はFAXで届き、それを手入力するため、入力ミスが発生することもありました。また、お客さま側でもデジタルで入力したものを紙にプリントアウトしてFAX送信しているため、私たちもまたそれをデジタル化するという、「デジタル→アナログ→デジタル」の非効率なやり取りが少なくありませんでした。

こうしたやり取りを極力減らし、デジタル化した情報をサプライチェーン全体で共有して、あらゆる情報をシームレスにつなぐことが物流課題解決のための一丁目一番地だと考え、それを実現するための基盤として「TUNAGU」を構想したのです。

福岡運輸 業務推進部 次長 兼 システム課長 生津瑠美氏
福岡運輸 業務推進部 次長 兼 システム課長 生津瑠美氏

パナソニック コネクトでも物流現場の課題解決には「見える化」と「データの共有」が必須だと考え、そのためのソリューションも提供しています。

生津:当社でも2023年に動態管理システムを刷新し、パナソニック コネクトの「配送見える化ソリューション(現・配送進捗管理システムZetesChronos™)」を導入しています。基幹システムと連携したことで自動的にデータがやり取りされ、集配業務全体をリアルタイムで把握できるようになりました。これによりドライバーへの電話確認などが大幅に削減され、集配業務全体が効率化しました。また、2025年には「倉庫実行管理システム ZetesMedea™」を導入し、紙や目視で行っていた幹線輸送の検品をデジタル化しました。

当社がDXでめざしているのは、データとデジタル技術を活用した“物流の全体最適化”です。これを当社では「スマート物流」と呼んでいますが、その実現のためには、まず物流に関わる人・モノ・システムを連携させ、あらゆる情報を可視化する。その上で業務効率向上の具体的な手段として、デジタルツールやAIといったテクノロジーを積極的に導入していく必要があると考えています。

入荷した荷物の検品業務は従来紙の伝票と目視の手作業で行っていたが、「倉庫実行管理システム ZetesMedea™」を導入し、端末を使って検品することでデジタル化を実現した
入荷した荷物の検品業務は従来紙の伝票と目視の手作業で行っていたが、「倉庫実行管理システム ZetesMedea™」を導入し、端末を使って検品することでデジタル化を実現した

現場の「困りごと」を起点に、ワーキンググループ形式でDXを推進

「スマート物流」を実現するために、福岡運輸ではどのような体制でDXを推進してきたのでしょうか。

生津:まず、私が責任者となって2022年11月にDXの目的や基本方針をまとめた「DX戦略」を策定し、全社員への浸透を図りました。具体的には「『物流』×『テクノロジー』でデジタル時代の新たな物流イノベーションを創出する」という経営ビジョンを掲げ、「スマート物流による全体最適化の実現」「物流情報プラットフォーム『TUNAGU』を中核とした付加価値創出」「DXを実現できる組織体制の構築と人材の育成」という3つの基本戦略を打ち立てました。

そして社長直下に「DX推進委員会」を設置し、その主導のもとでDXを具体的に進めていくために、TUNAGUの頭文字をとった「T-プロジェクト」を発足。このプロジェクトではDXありきではなく、社員が日々の業務でかかえる「困りごと」や「課題」を起点とすることにしました。部門横断的に集まったメンバーがいくつかのワーキンググループを立ち上げ、それぞれのテーマ(課題)に応じて、デジタルテクノロジーの調査や技術導入による解決策の検討、実証実験などを通して実効性のある取り組みを進めてきました。

これまでに、受領書保管業務をペーパーレス化し、年間約160万枚の受領書の照合業務を⾃動化したり、受注⼊⼒業務をデジタル化・AI活用で効率化したりといった多くの成果を上げています

フォークリフトに設置した端末(タフブックCF-33)で積荷状況をリアルタイムに確認できる
フォークリフトに設置した端末(タフブックCF-33)で積荷状況をリアルタイムに確認できる

ワーキンググループによるDX推進は、具体的にはどのように行っているのでしょうか。

生津:年3回の定例発表会で、自分たちが実行したいと思うDX施策を提案してもらい、役員クラスの裁可が下りれば、実施に向けて次のステップへ進んでいくという流れになっています。特に優先順位などは決まっておらず、費用対効果を見極めながら、現場の業務改善に必要と判断された施策はどんどん実行していく方針です。

このワーキンググループ形式は、DX推進において非常に有効だと感じています。定量的な成果だけでなく、社員たちの意識が変わってきたという実感もありますね。

ワーキンググループのメンバーはモチベーション高く施策の提案をしてくれそうです。しかし、メンバーではない一般社員の中には、変化を好まない人もいると思います。そうした方をどう巻き込んでいくのでしょうか。

平田:実は私は最初、AIによる受注入力システムの導入などには少なからず抵抗がありました。慣れ親しんだ方法でやる方が効率的だと思っていたんですね。しかし、20~30代の若手社員が新しいシステムを使いこなし、効率よく業務を進めている姿を目の当たりにして、考えが改まりました。もはや単純作業においては人間よりもAIや機械のほうが優れている部分も多いですし、ヒューマンエラーを防いでサービスの質を向上させるという点でも、今は積極的に新しいシステムやツールを導入していくべきだと実感しています。

福岡運輸 大阪支店 業務係長 平田圭亮氏
福岡運輸 大阪支店 業務係長 平田圭亮氏

生津:新たなシステムを導入する際、たとえば社員が5人いたら1人は「面白そう」「やってみたい」と賛成、1人は「今のやり方のほうがいい」と反対、残りの3人は「会社が言うなら仕方ない」と消極的な賛成……という場合が多いように思います。その「消極的な賛成」の3人に、いかに新しいシステムのよさに気づいてもらい、「賛成」に変わってもらうかが、革新のカギではないかと思っています。この3人の意識が変わると、会社全体の雰囲気も変わってくるんです。

そのためにも、まずは試験的にシステムを導入して、現場の意見を聞きながら改善していくことが大事だと思います。誰しも、自分の意見が反映されたシステムに対しては、抵抗感を持ちにくいものです。

平田:まさにその通りで、私自身もAI受注入力システムの便利さにだんだんと気づき、積極的に使うようになりました。最初は100%運用に合ったシステムというわけではなかったのですが、そこから現場の意見を反映しながら開発を進めてくれたので、最終的に当社の実情に沿ったシステムが出来上がったと感じています。

事務所でドライバーに作業端末を手渡すなど現場に合わせた運用を行っている
事務所でドライバーに作業端末を手渡すなど現場に合わせた運用を行っている

小さな目標と小さな成功体験を積み重ね、少しずつ前進

これまでDXによる多くの成果を上げられていますが、プロジェクトを成功させるために意識されていることはありますか。

生津:小さな目標を立ててスモールステップを踏んでいくことを大切にしています。当社は中小企業なので、人と時間とお金を投入して、力業で一気にDXを推進するようなことはできません。ですから先述のように、システムを開発・導入する際にも最初から100点をめざすのではなく、まずプロトタイプを使い、現場の意見を聞きながら改善を進めていきます。使ってみて本当に必要だとわかった機能だけを残したり、他のシステムとつなげてみたりと、試行錯誤しながら段階的によいものへと仕上げていく。無理せず、実現可能な身の丈に合った目標を立てて、小さな成功体験を重ねながら少しずつ前進していくというのが、モチベーションの維持という点においても健全ではないかと思います。

T-プロジェクトに取り組まれてきた中で、特に手応えを感じているのはどのような部分でしょうか。

生津:業務効率化や生産性向上の面でも、たくさんの成果を上げることができているのですが、個人的には社員たちの中で「自分たちの働く環境を、自分たちで変えていくんだ」という“自分ごと化”が進んでいることに、大きな手応えを感じています。T-プロジェクトが立ち上がる以前にもデジタル化の取り組みなどはあったのですが、システム部門が主導する形が多く、業務担当者には「自分たちが関わるものではない」という意識が少なからずありました。しかし、今ではワーキンググループが提案した取り組みが数多く業務に反映され、メンバーは「自分の意見で会社が変わる」ということにやりがいを感じてくれていると思います。プロジェクト発足当初は「DXって何?」という状況だったことを思えば、感慨深いものがありますね。ワーキンググループを立ち上げて、同じ志を持つ仲間をつくり、小さな変革がやがて大きな取り組みにつながり……。大変でしたが、ここまで頑張ってきてよかったなと思います。

最後に、今後の展望についてお聞かせください。

生津: DX推進の“自分ごと化”を全社員に浸透させ、日常的に業務改善の提案がされるような雰囲気を醸成していきたいと思います。一方で、協力会社さまとのデジタル化やデータ連携を加速していきます。いまだにFAXでのやりとりを希望される会社さまもありますが、今の大学生はFAXを使ったことがない人が大半ではないでしょうか。若い世代が働きやすい環境を整えることは、業界を志望する人材を増やすことにもつながると考えています。「つなぐ」をキーワードに、社内だけでなく、お客さまや協力会社さまを含めた物流業界全体の最適化に貢献していくことが、私たちの目標です。

生津氏(左)と平田氏

「gemba」読者アンケート​

いただいた回答を今後の運営に活用させていただきます。なお本フォームにご氏名やメールアドレスなどの個人情報は記入しないでください。​

回答​はこちらから