「ConnectAI」が変える働き方。パナソニック コネクトが描く、AIと共創する未来
生成AIの進化は、ビジネスの世界に大きな変革の波をもたらしています。多くの企業が活用方法を模索する中、パナソニック コネクトは全社的なAI活用をいち早くスタートし、成果を上げてきました。同社はAIを単なる業務効率化のツールと捉えるのではなく、イノベーションを加速させ、新たな価値を創造するための「共創パートナー」と位置づけています。
プロジェクトを牽引してきたのは、CIOとしてIT・デジタル戦略を統括する河野 昭彦と、企業の生成AI活用エバンジェリストとして現場への導入を推進する向野 孔己。なぜ、パナソニック コネクトはこれほどスピーディーに生成AIを全社展開できたのか。その土壌となった柔軟な企業風土やIT基盤の変革とは。プロジェクトをリードする二人のキーパーソンに深く、そして率直に語ってもらいました。
河野 昭彦
パナソニック コネクト株式会社 執行役員 ヴァイス・プレジデント チーフ・インフォメーション・オフィサー(CIO) 兼 IT・デジタル推進本部 マネージングダイレクター
1992年松下電器産業入社。社内IT部門でSEとしてシステム開発、グローバルSCM推進やデータ分析部門の立ち上げなどを経験。2022年4月より現職。社内業務のIT化、コンサルティングやデータ活用支援に従事する。
向野 孔己
パナソニック コネクト株式会社 IT・デジタル推進本部 戦略企画部 シニアマネージャー
外資系IT企業で約20年間、デジタルマーケティング、アジャイルによる組織変革など、主にデジタル領域で業務変革を推進。2022年パナソニック コネクトに入社し、主に生成AIを活用した業務変革をリードする。2024年から「企業の生成AI活用」のエバンジェリストとしても活躍。
わからないなら、まずやってみる。柔軟な企業文化が可能にした、スピーディーな生成AI導入
パナソニック コネクトは自社向けAIアシスタント「ConnectAI」を開発し、業務効率改善などで大きな効果を出しています。多くの企業が生成AIの導入に苦労する中、パナソニック コネクトはなぜ、これほどスピーディーに成果につなげることができたのでしょうか。
向野:よく「導入時の苦労話はありませんか?」とご質問いただくのですが、実はほとんど思いつかないんです。なぜなら、経営層から「やめておけ」と反対されたことが一度もないからです。社長の樋口からも、担当役員の河野からも、「もっとやれ」「もっと進めよう」という声はあっても、ストップがかかったことはまったくありませんでした。
河野:当社では、新しいテクノロジーに対して「よくわからないからやめておこう」ではなく、「わからないなら、まずやってみよう」というマインドセットが会社全体に浸透しています。特に生成AIのような変化の速い技術は、ベンダーやツールの比較検討資料を作って稟議を回している間に、世の中がどんどん先に進んでしまう。だったら、まずミニマムにでも始めて、自分たちで経験しながら学んでいく方が合理的だと考えています。
向野:実は、私たちがプロジェクトをキックオフしたのは2022年10月。ChatGPTが世に出て大きな話題となる約1カ月前のことでした。もちろん、当時はどれほどの成果が出るか未知数でした。それでも「やってみよう」と許される企業文化があったからこそ、迅速にスタートを切れたのだと思います。
とはいえ、それまでにないツールを、実際に社内に浸透させるのは大変なのではないかと想像してしまいます。どのような工夫をされましたか。
河野:私たちは社員に「絶対にAIを使え」というような強制は一切していません。各部署にROIの算出を求めたり、利用目標を課したりすることもありません。ただ、「使った方が便利だよ」「仕事の質が上がるよ」というメッセージを発信し、環境を整えているだけです。
われわれのようなBtoB企業の業務は多岐にわたり、一人ひとりの仕事が異なります。だからこそ、トップダウンで使い方を押し付けるのではなく、社員一人ひとりに「自分の仕事にどう生かすか」を考えてもらわなければならない。そして自分たちで考えて使うからこそ、「こう使いたいから、もっとこうしてほしい」と要望が上がってきて、ツールのさらなる改善につながるんです。
向野:そこは重要なポイントですね。生成AIの導入を成功させるには3つの要素があると考えています。「経営層の理解」「変化を受け入れる社員」、そして私たちが提供する「使いやすいAI」です。パナソニック コネクトには、樋口が社長に就任して以来7~8年かけて培ってきた、最初の2つの土壌がすでにありました。だから私たちは、3つ目の「使いやすいAI」の開発と提供に集中できたのです。
「守り」の基盤があったからこそできた、「攻め」の活用推進
大企業が前例のないテクノロジーを導入するには、セキュリティやコンプライアンスなど、さまざまな障壁があるかと思います。そのあたりはどのようにクリアされたのでしょうか。
河野:実は「ConnectAI」の導入前から、AI活用における「守り」の体制は整っていました。われわれはメーカーとして、たとえば画像認識技術で人を撮影する際の個人情報の扱いなど、データ利活用に関する課題に以前から向き合ってきた歴史があります。
その中で、法務・知財部門、情報セキュリティ部門が連携する「データ利活用支援チーム」を組織していました。AI倫理や信頼性、安全性について問われた際に、都度バラバラに対応するのではなく、一元的に会社の考え方を示すためのチームです。
河野:このチームが中心となって作成したのが「生成AI利活用ガイドブック」です。これは、社員が安心してAIを使えるようにするためのルールブックであると同時に、お客さまに対して「私たちはAIのリスクを理解し、適切に管理しています」という姿勢を示すものでもあります。この「守り」の土壌があったからこそ、私たちは安心して「攻め」の活用推進にアクセルを踏むことができた。これも大きな成功要因の一つですね。
なるほど。活用推進とガバナンスが両輪で機能していたのですね。
河野:その通りです。こうしたガイドブックを公開することは、社内への啓蒙であるとともに、お客さまからの問い合わせに対する「説明コストの削減」にもつながります。われわれの考え方をオープンにすることで、信頼を得ていく。地道な活動ですが、企業としてテクノロジーと向き合う上で非常に重要なことだと考えています。
「聞く」から「頼む」へ。アシスタントからエージェントに進化する「ConnectAI」
「ConnectAI」の機能についても詳しく伺います。一般的な生成AIツールとは何が違うのでしょうか。
向野:一言で言えば、「パナソニック コネクトのことをよく知っている、全社員一人ひとりのためのアシスタント」です。当初は一般的なチャットAIのように「わからないことを聞く」使い方が中心でしたが、次第に社内のルールや過去の事例を学習し、最近では単なるアシスタントから、業務を代行してくれる「AIエージェント」へと進化しています。
たとえば、経理の決裁作成支援や法務の下請法チェックといった定型業務を「ConnectAI」が一緒にやってくれる。導入当初はチャットの質問相手だったものが、今は業務の処理まで任せられるパートナーになりつつあります。
河野:これは、われわれがインハウスで開発・運用しているからこそのスピード感です。外部のパッケージを導入するだけでは、ここまでの柔軟な進化は難しかったでしょう。クラウドのインフラ構築も含めてすべて社内で完結できるため、高速で改善サイクルを回せました。Gemini、ChatGPT、Claudeといった最新のAIモデルを、社員が自由に切り替えて試せる環境も、内製だからこそ実現できています。
具体的な成果や、定型業務以外の活用事例を教えてください。
向野:定量的な成果としては、2024年度は年間で約45万時間の業務時間削減につながりました。削減できた時間は前年比で2.4倍に増えています。社員の満足度は5段階評価で平均4.1という、社内システムとしては異例の高評価も得られています。オフィスで「いつも使ってます、助かってます」と声をかけられることも増えましたね。
おもしろい使い方だと、製造業ならではの素材に関する専門的な質問をしたり、これまで買い切り型だった商品をサブスクリプションサービスに変更した場合の原価率を計算してもらうなど、これまで自社になかった知見を得るために使っている社員もいます。また、自社のやり方だけが本当に正しいのかを確認するための「セカンドオピニオン」として活用するケースも出てきています。
河野:新しい発見だけでなく、自分が考えていることの「答え合わせ」に使う社員も多いですね。「自分の考えは、一般的に見ても間違っていなかった」と確認できることで、取り組みに迷いがなくなる。これも重要な価値だと思います。
社員の皆さんの使い方も次第に変化してきたのでしょうか。
向野:劇的に変化しました。導入当初は、それこそ「新橋のおいしい中華料理店は?」といった、いわゆる検索的な使い方が多かった。しかし、今では「聞く」から「頼む」へとシフトしています。プロンプトの平均文字数も明らかに長くなっており、より複雑で高度な業務をAIに任せるようになっている証拠です。
皆はこうした使い方をしているということを、まだ「ConnectAI」を使っていない社員にも伝えたいと思い、私たちは導入から2年半が経過した今年7月、初めて全社向けの説明会を実施しました。すると、金曜の午後にもかかわらず約2,000人もの社員がリアルタイムで参加したんです。全社員の20%程度に当たりますが、それだけ皆がAIの活用に高い関心を持っている。アンケートでも「具体的な使い方のヒントになった」という声が多く、やってよかったと心から思いました。
やがて「仕事のあり方」そのものが変わる。人とAIが共創する未来の働き方
今後の展望についてお聞かせください。「ConnectAI」はどこへ向かうのでしょうか。
向野:私たちは「コーパス構想」というものを掲げています。パナソニックグループは50歳以上の社員が約半数を占めており、今後10〜15年で彼らが持つ貴重な知識やノウハウが失われるという「2030年問題」に直面しています。そうした暗黙知をAIに継承させ、企業の「知の永続化」を目指すというものです。「あの件は、誰々さんが詳しい」という属人的な状態から脱却し、隣にいるAIに聞けば誰もが会社の資産としての知識にアクセスできるようになれば、組織の力は格段に上がります。
河野:もう一つは、AIならではの業務プロセスの創出です。今は人間の仕事をAIで効率化する段階ですが、今後はAIに仕事をさせることを前提とした、まったく新しい働き方が生まれるはずです。たとえば、ERPの入力画面すらなくなり、AIエージェントに口頭で指示するだけで業務が完結する未来が来るかもしれません。
そうなると、仕事のあり方そのものが変わりますね。
河野:ええ。人間はプロセスを意識する必要がなくなり、データがどう流れるかを設計し、異常が起きた箇所だけを修正する役割に変わっていく。それは単なる効率化ではなく、仕事のあり方そのものをデザインし直すような、大きな変革です。
そのとき、われわれが差別化要因として持つべきはツールではなく、「社員のAI活用スキル」と「会社が保有するデータという資産」になる。そこを磨き続けることが、将来の競争優位性につながると確信しています。
ものづくりの「現場」におけるAI活用も期待されますね。
向野:まさしく、そこが私たちの最大の挑戦です。たとえば製造現場で使われる図面など、物理的な情報をAIで扱うのは、現状では非常に難しい。しかし、ここを突破できれば、人間では不可能だったレベルでの品質管理が可能になります。たとえば、新製品の設計図に含まれる何万という部品の中に、翌年には生産中止になるものが含まれていないかをAIがチェックする。これは人間の目では物理的に限界がありますが、AIなら可能です。
河野:30年、40年と続く製品サポートのナレッジ継承も深刻な課題です。一筋縄ではいきませんが、パナソニック コネクトだからこそ挑戦すべき領域だと考えています。
最後に、お二人が考える「AIの価値」とは何でしょうか。
河野:一言でいえば、「可能性の追求」です。AIは、人間の視野や処理能力の限界をはるかに超えた選択肢を提示してくれます。それによって、これまで諦めていたことや、思いもよらなかった新しい価値を生み出すことができる。AIは、私たちの可能性を拡張してくれるパートナーなのです。
向野:私も同意見です。AIは決して人の仕事を奪うものではなく、人の能力を「拡張」するためのツールです。人間がやらなくてもいいことはAIに任せ、人間はより創造的で、人でなければできない仕事に集中する。そうした人とAIの共創関係を、ここパナソニック コネクトの「現場」から社会全体へと広げていく。それが私たちの使命だと信じています。